第7回鹿児島掃除に学ぶ会の様子

  会の冒頭に先立ち、鎌田善政代表世話人が参加いただいた皆様に謝意を述べ、開会の挨拶を申し上げました。
 つづいて、ご講演いただく講師の沈寿官先生のご紹介を申し上げ、「陶房雑話」と題して、先生の陶芸を通じてみた、時代・世相・人間性など、大変造詣の深い感動的なお話をしていただきました。
第14代 沈寿官先生   「陶房雑話」

《講演要旨》

 20世紀は戦争と敗戦と大変な時代でした。21世紀はきっと素晴らしい平和な社会になるであろうと思っていましたが、本当に厄介な時代となりました。
 目に見えないテロとの戦いの時代となり、希望の21世紀にはふさわしくない事ばかりで、これをどうやって考えていくのか、これもまさに掃除に学ぶ会の理念に一脈通ずるものがあるのではないかと思うことであります。
 私にとっても約400年前、今問題となっている拉致問題と同じく強制連行されて日本にやってきたのではないかと苦笑いする事でありますが、ロクロを小学校1年生から回してきました。父の職場は聖域であり、その父が私を前にしてロクロの真中に針をさしました。
 その針は微動だにしなかった。父は、ロクロは一生お前の相手である、動くロクロの動かない一点を探せと教えてくれました。ロクロの真は世の中の真、自分の真と「付和雷同」するな、という教えでもあったと思います。
 また、ロクロとの目線距離は一尺二寸(約38cm)におけと常に教えていた父が、ある日私のつくった作品を一蹴し壊してしまいました。人の力作を壊すような親とは一緒に仕事は出来ないと反発すると、「目が近い」と言いました。一尺二寸でも、三間離れた先を見よ、近眼的では良い作品は出来ない。「主観と客観」、自分の主観で見るだけでなく、相手の立場を理解せよ、という教えであったのだと後で悟りました。
 過去の歴史やいろんな軋轢の中で、私の生き方について母は私が茶碗屋として成長する事を願っていました。父も然りであったでしょうが、人間の生き方には「運命に逆らって生きていく」・「運命に従って生きていく」という方法があると言っておりました。
 山や庭の草木が、自分の意志でなく風や鳥の運びで種子がそこに落ちて成長するのと同じだ、苦難の道を乗り越えてきた先祖への思いや立場を偲び植物の生き方に学べ。と教えているような父の、涙している後姿を見たのが、私の陶工への決意のスタートでした。
 父の遺言として、息子を茶碗屋にせよ。400年祭をせよ。との二つでありました。それは日本と韓国、日本にはない文化をもってきた朝鮮人としての誇りであり、それを忘れ去られる事は許されないという強い思いがあってのことだったと思います。400年祭(1998)には、韓国の金大中大統領が立ち上がってくれ、日本では早稲田大学の後輩、小渕恵三さんの協力で40日間を盛大に開催する事が出来ました。
 そのとき、会場周辺の仮設トイレ20箇所の掃除を、有志のご婦人方が自発的にやってくださいました。思わずその後姿に手を合わせました。後でトイレが非常にきれいだったと好評がたくさん寄せられました。
 昨年開催された韓国でのワールドカップサッカーの組織委員長が、トイレこそ盲点であると思っていたが400年祭で教えてくれた。行き届いたトイレ掃除のおかげで、国の威信に関わる高い評価を受けたと話してくださいました。
 この荒廃した世相の中で、掃除に学ぶ会こそは混迷した時代に光をもたらすものであると思います。トイレの匂いも自分のものなら許せる、他人のものは許せないということではなく、人間には変わりがない、他を差別するという人間の考え方を直すためにも、この会の一つのあり方があるとも思います。
 自分の心を耕し、ひとりひとりの心を豊かにするということを学ぶこの会が、益々発展する事を祈念いたします。

▲ 熱心な聴講風景